人間中心主義は誤りか

 人間中心主義は誤りか?

〜人間の尊厳を求めて〜 

 渋山 昌雄 著

■四六判 244ページ 上製
■定価 2400円+税

■ISBN978-4-921102-12-8 C3010

目  次

第一章 人間中心主義と生命中心主義

  ディープ・エコロジーにとっての人間中心主義
  生命中心主義の流布の理由
  人間の生命と人間以外の生命の価値
  生命中心主義は本当に正しいのか?

第二章 人権から人間の尊厳へ

  人権に対する二つの理念的立場
  医療技術の進展と人権
  哲学史における人間の問題
  「どうして人を殺してはならないのか」という問い
  医学研究と教育における人間の尊厳
  あるインタヴュー
  過去・現在・未来に対する人間の責任
  人間性とその根拠
  学習指導要領における「生命」の記述
  シュヴァイツァーの「生命に対する畏敬の念」と日本の命(生命)教育

第三章 生命倫理と人間の尊厳

  生命倫理の原則の変換
  インフォームド・コンセントと人間の尊厳
  インフォームド・コンセントの落とし穴
  ケアと信頼
  ヒト胚性幹細胞研究
  ヒト・クローン個体の作製
  特定胚の研究

第四章 環境倫理・教育倫理と人間の尊厳

  生命倫理と環境倫理
  環境教育の課題
  環境倫理の課題
  環境倫理と環境教育
  道徳教育と環境教育
  生態系の保存と動物の権利
  教育における伝達行為と教育の尊厳

第五章 「人間であること」は本当に重要ではないのか ?

  生命中心主義の平等主義と自己実現
  自然科学と哲学による人間の位置づけ
  H・プレスナーの脱中心性
  人間の脱中心性と共同体
  「人間であること」の矜持
  「人間であること」の帰属性の事実
  「人間であること」の卓越性の事実

第六章 科学技術・情報と倫理

  自然科学と人間観
  科学と生活の分離
  科学と技術
  二十世紀の技術批判
  情報と倫理(プライヴァシー権と機密保持の義務)
  プライヴァシー権と自律尊重の原則および人間関係の尊重
  医療技術と倫理(自律性・自発性と診療情報の保護)
  遺伝子情報と家族主義
  環境にまつわる技術と倫理(環境論的技術批判)

第七章 死生観と教育

  死の不安の希薄さ
  デス・エデュケーションと来世の問題
  死に対する不安の克復と態度決定
  哲学による死の理解と医療における死
  スピリチュアル・ケアの意味
  尊厳死と「人間の尊厳」

第八章 円熟した教育者(人間)の基本的態度

  ユーモアの潮流
  ユーモアの語源
  医療的ユーモア
  教育的ユーモア
  晴明
  善意の諸相
  意図としての善意
  希望と善意
  教師主体としての善意

あとがき

   昨年、一匹の野良犬の様子をテレビ各局が延々と放映し続けたことがあった。その犬は、崖っぷちに迷い込んで身動きできなくなってしまったというのである。事の顛末は、付近の人たちの総出による救出劇までライブで放映され続けた。人間の生命に対する昨今の日本人の態度を考えると、こういう報道に対して、私は強い違和感を抱いてしまう。この違和感は私だけのものだろうか。
 阪神淡路大震災の後、ある芸能人が多額の寄付をしたことで話題になった。話題になったのは、寄付の金額のためではない。彼女は被災者に対してではなく、傷ついた動物のために寄付を使って欲しいと特別に要求したからである。こういう話はあちこちにあふれている。
 アメリカ在住のある日本人女性が川に落ちた犬を救おうとして川に飛び込んだが、その女性はおぼれて死んでしまい、犬の方がかろうじて助かるという事故があった。そのニュースを聞いていたラジオのコメンテーターが放った言葉が頭から離れない。「犬が助かってよかったですね・・・」。
 二〇〇六年、日本では「教育基本法」がほぼ六十年ぶりに改正された。改正論議の中で、家族の大切さを改めて認識するために「家族」という文言を「教育基本法」に入れたいという主張があった。当然の主張のようにも思えるが、このことに強く反対するグループが声高に反論している様子を目にしたことがある。言い分をよく聞いてみると、ペットも「家族」だからダメだというのである。つまり「家族」という言葉を使うと「ペット」が追い出されてしまうからダメだというのである。
 私には、昨今の人間軽視の風潮とこういった言説の跋扈が無関係だとはとうてい思えない。このことに他の人はまったく気づいていないのだろうか。気づかないふりをしているだけなのだろうか。 今から十年ほど前、某学校で「倫理学」の授業を担当していたときのことである。学生にあるアンケートをとったとき、学生の感覚と自分の感覚のズレに愕然としたことがある。私はこのズレを素直に受け容れるだけでよいものか、それとも逆に学生に多少なりとも自分の考えを押し付けた方がよいものなのかと一瞬戸惑いを覚えた。
 アンケートの質問内容は、「人間の生命と人間以外の生命のどちらの価値が高いか」という単純な問いであった(詳細は第一章の「人間中心主義と生命中心主義」で分析している)。その時間の授業内容は「人間の尊厳」をテーマにしていたので、この脈絡でのアンケート調査だった。学生の感覚との隔たりを強く感じたというのは、半数以上の学生が両者(人間の生命と人間以外の生命)とも同じ価値であると答えたことに対してである。学生の感覚をどのように受け止めたらよいのかという思いは、教育者の立場から、私自身の「人間の尊厳」への問いかけと並行してしだいに膨らんでいったように思える。(「はじめに」より)


★著者プロフィール

渋山 昌雄 (しぶやま まさお)

1956年、鳥取県生まれ。
1987年までドイツ、ケルン大学留学。
1995年、上智大学哲学科博士課程単位取得満期退学。
現在、鳥取大学他で非常勤講師を務める。
研究分野は、哲学、倫理学、教育学。
主要著書に,『カントと現代』(共著、晃洋書房)、『倫理と道徳の次元』(京大出版センター)、『生命倫理と教育倫理』(太陽書房)などがある。



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